2001年のジョージ・オーウェル、墓から話しかける2005/09/10 10:14

2001年のジョージ・オーウェル、墓から話しかける

ノーマン・ソロモン

昨夜私はジョージ・オーウェルと会う夢を見た。あなたや私のように生身の彼と。

彼はニュースを見ていて、ひどく怒っていた。「戦争犯罪についてのこの全てのダブルスピークはすざまじいものだ」彼は言った。「あいつ、ミロシェヴィッチ、アメリカ政府は、彼を戦争犯罪で裁きたいのだろう。」

「ええ」私は答えた。「全ての評論家が同意しています。」

「だが一方で、イスラエル首相のホワイト・ハウス訪問にかかわるニュース報道は、彼もまた戦争犯罪人として起訴されてしかるべきだということを指摘しそこねている。結局、証拠は明らかに、アリエル・シャロンが、1982年、レバノンの、サブラとシャティラの難民収容所における何百人ものパレスチナ人虐殺に関与していたことを示している。なぜメディアのコメンテーターは彼をハーグ裁判所の被告席に立たせろと要求しないんだ?」

「ええ、アメリカ合衆国政府は、イスラエルとは親密なので...」

オーウェルは私を遮った。「私の質問は、答え不要の問いかけさ。分かっているよ。本当さ。」彼の声は震え、かすれはじめたので、断片的にしか聞こえなかった。「例は山のようにある...トルコ政府...アメリカの同盟国は...長年にわたってクルド人を殺害している...言語も文化も容赦なく抑圧している...報道機関は何をしている?」 彼は咳をして、弱々しくまた話はじめた。「ヘンリー・キッシンジャー...ヴェトナム、ラオス、カンボジア ... 東チモールでの大規模な殺人...チリを忘れてはならない... 公平な報道というならどこでも...」

「ここ数ヶ月」私は差しはさんだ。「ジャーナリストのクリストファー・ヒチンスがキッシンジャーにかかわる騒動をぶちあげましたし」

オーウェルははねつけるように手を振った。「けちな慰めだ...遅れたニュースなど、無視されたニュースも同じ事...うんざりするメディア操作だ...」

「大手メディア用にはかなり過激な発言ですね。」私は叫んだ。「でも当節あなたは、ほとんど至る所で崇められておられる。」

オーウェルは咳をしながらぞっとする笑いかたをした。次の言葉は最大の音量だった。「その通り。片方の手でかき抱きながら、もう一方の手で薄めるのさ。そして、恐ろしいほど薄い紅茶となって差し出される」

そこで私は突然目が覚めた。フロント・ポーチで新聞のドサッという鈍い音が響いた。「オーウェルさん」私はつぶやいた。「何とおっしゃいました?」しかし答えはなかった。窓越しに射すあけ方の光と、ナショナル・パブリック・ラジオ「朝刊版」のとおくからの音がするばかり。

ジョージ・オーウェルは1950年に亡くなった。21世紀に至るまで長生きしていたなら、彼はアメリカ合衆国における市民的その他の自由を大切にしつつも、この社会の、絶えず強化され続ける洗脳という根深いパターンを遺憾に思ったであろうことはまず間違いない。

知的従順さをもたらす「民主主義的な」手順と、狡猾な政治的プロパガンダを、オーウェルは大いに懸念していた。ソ連の専制政治を描いた風刺小説『動物農場』で、西欧から東欧へと糾弾指摘するだけで満足せず、ほぼ30年もの間、刊行されている本からは削除されていた挑戦的な前書きを書いていた。

その前書きにはイギリスにおける一般的な議論の情勢にかかわるこういう陰気な分析がある。「ロシア称讃が、たまたま現在は流行しているようだ。」オーウェルは鋭敏にも「このファッションは、まず長続きはすまいと思われる。」と推察していた。けれどもオーウェルはさらに続けていた。「ある正統派学説から違う学説に乗り換えることは、必ずしも進歩とは限らない。敵は、演奏されるレコードに同意するしないと無関係に、何でもかけてしまう蓄音機のごとき心性だ。」

現在では、オーウェルの「蓄音機」という例えはやや古めかしい。これは「CD的心性」とでも呼ぶ方がふさわしかろうが、彼の意見は今でも鋭くあてはまる。イデオロギーは、それが余りに支配的となり、イデオロギーとして認識さえされない状態になった時こそ、最も破壊的になる。

オーウェルが1945年のイギリスを描写する前書きで書いたことは、2001年のアメリカ合衆国にもそっくりあてはまる。「この国では、知的な臆病が、作家やジャーナリストが直面しなければならない最悪の敵である。... 公式の禁制など必要無しで、大衆から嫌われる思想は沈黙させられ、不都合な事実は隠される... いかなる時点においても、正しく思考する人々全員が、疑念を抱かずに受け入れるべきものとみなされている、思想の集合体としての正統学説がある」

1946年12月、アメリカでの『動物農場』刊行の四ヶ月後、オーウェルは評論家ドワイト・マクドナルドへの手紙の中で書いていた。「人々が、私は現状を擁護していると見なしているのだとすれば、それは、人々が悲観的になっていて、独裁主義、或いは自由放任の資本主義の他に、代替案がないと思いこんでいるからだろうと思います。」彼は更にこう言っていた。「私が言おうとしていたのは、『自分自身でやらない限り、革命など実現できない。情け深い独裁政治などというものは存在しない。』ということです。」

オーウェルは反共産主義者だった。彼はまた資本主義体制に猛烈に反対した社会主義者でもあった。これは現代のアメリカではどの巨大TVネットワークでも、常連コメンテーターとしての登場は不適格とされてしまう立場だ。

ノーマン・ソロモンの近著は"War Made Easy"

http://www.commondreams.org/views01/0629-04.htm

『動物農場』には掲載されなかった前書き、The Freedom of Pressの翻訳『出版の自由』は、岩波文庫『オーウェル評論集』で読めますが、品切れの場合が多いようで残念。