オーウェル「気の向くままに」にある「素晴らしき自主規制」2006/09/15 22:32

オーウェルの同時代批評As I Please「気の向くままに」に、まるで現代日本マスコミについて書かれたような記事が。

イギリスを日本に入れ替えるだけでそのままぴったり。小見出し「素晴らしき自主規制」は勝手につけたものです。:-)

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今回の戦争で「国家の安全を危機にさらすことをさけるべく」国会も新聞も共に示した(決していかなる規則、法規によって強いられたものではない)「素晴らしき自主規制」について、ウインタートン卿がイヴニング・スタンダードに書いているのを読んだ。それに「文明社会の賞賛を得た」とも付け加えている。

イギリスの新聞がこうした自主規制を守っているのは戦時に限らない。イギリスで最も驚くべきことの一つは、公式の検閲制度が無いのに、支配階級に本当に耳障りなことは、少なくとも多数の人が読みそうな場所では、何も記事にならないということだ。もし何かあることについて書くことが「よろしく無い」場合には、それは記事にならないのだ。こうした立場は、ヒレア・ベロック(だと思う)の以下の言葉に要約される。

賄賂も、不正も通じない
ありがたや!イギリスのジャーナリスト
だが連中が賄賂なしでやっていることをみれば
賄賂も必要ないのだ。

賄賂も、脅しも、懲罰も不要で-うなずいて目配せするだけで、事は成し遂げられるのだ。よく知られている例は御退位の出来事だ。スキャンダルが公式に発表されるまで、何万、何十万の人々がシンプソン夫人についてすっかり知っており、アメリカやヨーロッパの新聞はせっせと載せていたのに、デイリー・ワーカーさえ含めイギリスの新聞には一言も載らなかった。だが公式な禁圧はなかったろうと思う。ただ公的な「要請」と、ニュースを時期尚早に公にするのは「よろしくない」という一般的合意があっただけだ。そして印刷したとて何の罰がない場合でも、良いニュースが日の目を見られないような場合を私は他にも思いつくことができる。

現在この種のあからさまでない検閲は書籍にまで及んでいる。情報省は、もちろん、基本方針を押しつけたり、禁書目録を発行したりはしない。省は単に「助言」するだけだ。出版社が草稿を情報省に提出すると、情報省はあれやこれやの望ましからぬ点、あるいは時期尚早なり、「正しい狙いに沿わない」と「示唆」する。何ら明らかな禁止があるわけでなく、あれこれを出版してはならないという明確な記述がなくとも、政策は決して侮辱されないのだ。サーカスの犬は、調教師がムチをパシッと鳴らすと跳躍するが、本当に良く訓練された犬というのは、ムチがなくとも宙返りをする。そしてそれが、この国で内戦もなしに300年間一緒に暮らしてきたおかげで、我々が到達した状況なのだ。
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上記は、1944年7月7日付Tribune記事の一部分です。61年前!(拙訳)

1945年2月2日付記事には、「1984」の核心を思わせる言葉があります。60年前!
「世界の現状から考えると、戦争はたぶん永遠に続くことになるだろう」
But after that, by the way the world is actually shaping, it may well be that war will become permanent.

1946年11月22日記事では「ある国の新聞のレベルはその国民のレベルに見合ったものだ」とし、イギリスの新聞の知性と人気について書いています。
英語原文は、George Orwell全集 Smothered Under Journalism 499-500頁によるものです。
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知性(intelligence)というのは、私の意見と合うかどうかではない。本当に重要なことであれば、きちんと重点をおいて、例え退屈なテーマでも真面目に取り上げ、しかるべき少なくとも筋が通る、意味明瞭な施策を主張するかどうかだ。左が知性の順、右が発行部数から見た人気の順だ。最近の数字を持ち合わせていないので、一、二紙、私は順位を間違えているかも知れないが、リストは大きくずれてはいまい。以下がそのリストだ。

知性                人気
1.マンチェスター・ガーディアン 1.エキスプレス
2.タイムズ             2.ヘラルド
3.ニューズ・クロニクル      3.ミラー
4.テレグラフ            4.ニューズ・クロニクル
5.ヘラルド             5.メイル
6.メイル              6.グラフィック
7.ミラー              7.テレグラフ
8.エキスプレス          8.タイムズ
9.グラフィック           9.マンチェスター・ガーディアン

人生などそうしたもので、必ずしも完全にとは言えないものの、人気順リストは、知性順リストをほぼひっくり返したものになっている。仮に私がこれら新聞を完璧に正しい順序で並べていないにしても、基本的な関係は合っている。真実性の上で最も評判の高いマンチェスター・ガーディアンは、それを称讃する人々にすら読まれていない。皆が「余りにつまらない」と文句を言っている。その一方で無数の人々がデイリーを読んでいる。「一言だって信じちゃいないよ」とあけすけにいいながら。
こうした状況の下では、仮にオーナーや広告主による特別な圧力が除かれたとしても、根本的な変化を期待するのは難かしい。問題は、イギリスで我々は、法律上言論の自由を有しているが、本当の意見を恐れずに発言することができるのは、比較的発行部数の少ない新聞上においてだ、ということにある。
この権利を手放さずにおくのは死活にかかわる重要事項である。だが、王立委員会がどのように統制手段を講じても、大発行部数の新聞をましなものにすることは不可能なのだ。世論が積極的に求めるようになれば、真面目で真実性の高い大衆紙が得られよう。それまでの間、ニュースは、仮に経営者によって歪められなくとも、紙一重の差だけしかましでない官僚達によって歪められるだろう。
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(拙訳ですので、正確には下記翻訳書をどうぞ。)

日本の新聞雑誌・テレビについて、オーウエルが指摘した、この発行部数・視聴率と知性が反比例する関係、当てはまるのか否か、政党議席数と知性度に、同じ反比例関係があるのかどうか、考えこみます。特に、一番部数が多い新聞は!

2005年8月以降、日本のジャーナリズムは北朝鮮のネガそのもの。オーウェル世界、20年ほど遅れて到来!

「気の向くままに」 同時代批評 1943-1947
監訳者 小野協一
オーウェル会訳
彩流社刊
1997/10/30 4800円 ISBN4882025221

現代日本マスメディア状況ということでは、例えば「アメリカン・ディストピア」が、アメリカの現実ということでは、同じく新保哲生監訳「粉飾戦争」あるいは映画 Orwell Rolls in His Grave がお勧め?

http://www.sairyuusha.co.jp/
彩流社

http://www.asahi-net.or.jp/~IR4N-KHR/orwell/asiplease.html
より転載