オーウェル文学の源流を求めて―その想像的創造力の源泉2009/04/17 16:54

『オーウェル文学の源流を求めて』表紙
という本が、刊行されているのを、全く知らなかった。
購入したばかりで、まだごく一部しか拝読していない。
『1984年』という題名の時期から20年程ずれたものの、起きている対テロ戦争なるものやら、ビン・ラディン、アル・カイダ、テポドン、最近ではソマリア海賊等々、『1984年』に多少お化粧しただけの、茶番が本当に起きていると、新聞・テレビを見るたびに思う。テレビという電気白痴製造機の中でお笑い番組は盛んでも、映画『1984年』が放映されることはまずありえない。

ご参考までに、以下、出版社春風社の記事コピー。

[高橋鍾/2009年2月/2940円(税込)/四六判・並製・296頁]
『動物農場』『1984年』の作家の文学的営為を探り、「反共作家」等政治的レッテルを貼られがちなオーウェル作品に内在する多様な「読み」の可能性を読み解く。
(ISBN 9784861101700)


●目次より
第一章 『オーウェル研究』ノート
 B・ハインズに与えた影響
 「気の向くままに」!! それとも「私の好きなように」?!
 「反共作家」という風聞の出所を辿ってみると……?!
 オーウェルはペシミズムに囚われたか?!
 作家たるもの一人称小説を書くべからず?!
 20世紀は超えられたか?!
 事実と虚構
 好きな作品は?? と問われ……
 成果主義と進歩主義の狭間に蠢く常識
 文学研究における伝記の役割
 『1984年』の世界を旅してみれば
 短編小説?! それともルポルタージュ?!
第二章 オーウェル文学の想像的創造力
 幼年体験と文学的想像力 オーウェルの『1984年』体験
 動物革命の理想とその変質
  スペイン市民戦争と『動物農場』
 《鯨の腹の内側に》を読み解く
  ペシミズムではなく、創作指針の表明として
  補遺 政治的ペシミズム論のからくり
 『空気を求めて』その作品分析の試み
 (一)一人称形式に「内在する瑕疵」
    作家としての矜恃と自己韜晦
 (二)自己主張する小説技法 神話的枠組を基点として
 (三)円環的再生物語のアイロニー エピグラフの曖昧性
 『葉蘭を飾れ』における感情表現
    結末と情感の有機的統一性を探る

該当ページのアドレスは下記の通り。
http://shumpu.com/index.php?itemid=3033

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