マイケル・クライトンのNext2006/12/27 21:08

遺伝子やら細胞をめぐるスキャンダルでは、しばらく韓国の元大学教授がもっぱら有名でしたが、ようやく日本もスキャンダルの仲間入りができたようです。
「遺伝子をめぐるお話」というのに興味をひかれ、この作家の本を初めて読みました。
「ジュラシック・パーク」という映画は、何度かテレビで見ているので、それに似た気楽な娯楽作品と思って読み始めました。興味深いエピソードが次々展開するのを追いかけている間に、読み終えました。
一面、遺伝子医療に関わる、追いつ追われつのどたばた喜劇でもあって、途中でやめられなくなります。そんなクローン生物ができるのか?と驚く登場人物というか、動物の描写にびっくり。
さすが人類学と医学を勉強した作家。遺伝子治療、遺伝子にまつわる特許、政治の問題が手際よく描かれていて、「ジュラシック・パーク」に負けない傑作娯楽映画になりそう。
実際の政治、生活にかかわってくるので、面白がっているだけでは済まないようです。
マスコミやら研究者、政治家、医薬品会社に対する見方はかなり辛辣。
学会での高官の演説やら、裁判所でのやりとりは、いかにもありそうな見事さ。
学会内での政治力の話やら、スキャンダルを生み出す元の?専門分野論文審査の難しさについても触れられています。
地球温暖化についてあつかった同じ著者の本で、既に翻訳されている「恐怖の存在」、色々と話題の的になっているようです。本書も同じように話題になるでしょう。少なくとも一般人の関心を高めてくれるという効用はありそう。
末尾には、遺伝子特許、遺伝子研究に関する彼の提言があります。全面賛成とは言いかねる気分ですが、ごもっとも。
巻末には面白そうな参考文献リストもあります。

ネルソン・デミルのワイルド・ファイアー2006/11/19 13:19

「プラム・アイランド」
「王者のゲーム」The Lion's Game
「ナイト・フォール」に続く、大人気の主人公による難問解決のお話がやっと出ました。舞台は911攻撃一年後のアメリカ。イラク侵略の可否というよりも、実行時期がマスコミの話題の中心になったころが舞台。

事実とフィクションをつきまぜて小説にしているので、どちらがどちらかわからなくなりがち。出版前の原稿を読んだ人が、何が事実で、何が想像なのかと著者に尋ねるむきもあったということで、冒頭には、主な組織やコードネームについて、事実、フィクションいずれか、説明してあります。

時々以前の本のエピソード・人名が出てきたりするという読者サービス?があるので、やはり「プラム・アイランド」「王者のゲーム」「ナイト・フォール」を読んでから、本書を読むのが自然の流れでしょう。順序が逆でも問題はないでしょうけれども、突然触れられる人名やら出来事、意味が分からないのでは楽しみが半減とは言えずとも、多少減少するのでは。

Orwelian、newspeak、two plus two is fiveという表現が冒頭立て続けにでてきます。「ナイト・フォール」冒頭部分にもやはり「1984年」のキーワードがありました。オーウェルの「動物農場」と「1984年」が、ハックスリーの「素晴らしき新世界」とともに、彼の愛読書?に挙げられています。

カバーには「インターネットで繰り返して噂になっているアメリカ政府の計画をもとにしたフィクション」という著者の断り書きがあります。そこに続く紹介文はおおよそ以下のような内容。

アディロンダックにあるアメリカの富豪、軍、政府トップの仲間が集う「カスター・ヒル・クラブ」が舞台。一見、超エリート仲間が自然の中で狩りなどをして楽しむロッジなのだが、2002年秋、911事件に対する最終的な報復対策についての理事会が開かれる。
その週、主人公ジョン・コリーの同僚が死体で発見される。そこで、ジョン・コリーと彼の妻で上司のケート・メイフィールドが事件解決に向かうこととなる。世界の破局を引き起こすボタンが押されるのを防げるのはこの二人しかいない。

「事件の背後」の巨大さということで「ニュヨーク大聖堂」を思い出しました。
著者が冒頭言うとおりa scarey book for scary times。ひとごとではないのでは、と、読み終えてからふと思ったものです。

(2006.11.17記 )

http://www.asahi-net.or.jp/~IR4N-KHR/booke/ebooknd.html
より転載

ネルソン・デミルのナイトフォール2006/09/16 11:08

「プラム・アイランド」、さらに「王者のゲーム」で活躍した主人公が、今度は実際におきたTWA800の爆破・墜落事故を巡って大活躍。

翻訳が刊行されました!

1996 年夏の夜8:31、パリを目指して飛び立ったTWA800がニューヨーク、ロングアイランドの沖合の上空で爆発、分解、230人の乗客とともに海の藻屑となりました。その夏の夜、不倫中の男女が海岸で自分たちのお楽しみをビデオで撮影していたのです。たまたまレンズの方向で起きた事故がうつっていたようです。男女は、あわてて海岸を立ち去ります。無数の証人が、下から光が上空に向かって昇ってゆき、それから爆発が起きた、と証言していたのです。つまり、対空ミサイル攻撃によるものだと。ところが、公式報告はそれらの証言を全く無視するもので、からの中央燃料タンクの中で気化した燃料が、漏電した火花で引火、爆発となったというものでした。証人達が見た空に昇っていった光というのは、目の錯覚で、飛行機からこぼれた燃えている燃料だったというのです。それを説明するアニメビデオまで作られました。ミサイルによる撃墜というのは陰謀説だとして全く無視されるのです。

5年目の慰霊祭に、もと担当者の一人だった妻でFBIのケートが夫コーリーとともに参列し、公式見解にはどうもなっとくできないとコーリーに訴えます。そこで、いつもの大活躍が始まります。フィクションというよりも、ほとんどノンフィクションのよう。

ジョージ・オーウェルのSF的作品「1984年」中の逆説的表現である「愛情省」という用語や、「オーウェル的」という表現が何度か使われています。あの国の社会状況を端的にあらわすキーワードなのかも知れません。後は読んでからのお楽しみ...。

デミルが「ダビンチ・コード」に推薦文を書いたお返しに、「ダビンチ・コード」の著者が推薦の言葉を書いています。読み始めたら止まらず、読み終えてからも、考えさせられてしまうようです。ミステリー大作というレッテルだけでは言い表せない何かを感じます。社会派ミステリー?なおTWA800事故については様々なwebページが作られていますから、検索して読んでいただくと、一層興味が増すかも知れません。

(2004.12.5記 )

翻訳が出ました。
白石朗訳 講談社文庫 上・下 各1000円

(2006.9.16記)
オンライン書店ビーケーワンで購入
http://www.bk1.co.jp/product/2711971/p-koxapa74086
http://www.bk1.co.jp/product/2711972/p-koxapa74086

http://www.asahi-net.or.jp/~IR4N-KHR/booke/ebooknd.html
より転載

オーウェル「気の向くままに」にある「素晴らしき自主規制」2006/09/15 22:32

オーウェルの同時代批評As I Please「気の向くままに」に、まるで現代日本マスコミについて書かれたような記事が。

イギリスを日本に入れ替えるだけでそのままぴったり。小見出し「素晴らしき自主規制」は勝手につけたものです。:-)

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今回の戦争で「国家の安全を危機にさらすことをさけるべく」国会も新聞も共に示した(決していかなる規則、法規によって強いられたものではない)「素晴らしき自主規制」について、ウインタートン卿がイヴニング・スタンダードに書いているのを読んだ。それに「文明社会の賞賛を得た」とも付け加えている。

イギリスの新聞がこうした自主規制を守っているのは戦時に限らない。イギリスで最も驚くべきことの一つは、公式の検閲制度が無いのに、支配階級に本当に耳障りなことは、少なくとも多数の人が読みそうな場所では、何も記事にならないということだ。もし何かあることについて書くことが「よろしく無い」場合には、それは記事にならないのだ。こうした立場は、ヒレア・ベロック(だと思う)の以下の言葉に要約される。

賄賂も、不正も通じない
ありがたや!イギリスのジャーナリスト
だが連中が賄賂なしでやっていることをみれば
賄賂も必要ないのだ。

賄賂も、脅しも、懲罰も不要で-うなずいて目配せするだけで、事は成し遂げられるのだ。よく知られている例は御退位の出来事だ。スキャンダルが公式に発表されるまで、何万、何十万の人々がシンプソン夫人についてすっかり知っており、アメリカやヨーロッパの新聞はせっせと載せていたのに、デイリー・ワーカーさえ含めイギリスの新聞には一言も載らなかった。だが公式な禁圧はなかったろうと思う。ただ公的な「要請」と、ニュースを時期尚早に公にするのは「よろしくない」という一般的合意があっただけだ。そして印刷したとて何の罰がない場合でも、良いニュースが日の目を見られないような場合を私は他にも思いつくことができる。

現在この種のあからさまでない検閲は書籍にまで及んでいる。情報省は、もちろん、基本方針を押しつけたり、禁書目録を発行したりはしない。省は単に「助言」するだけだ。出版社が草稿を情報省に提出すると、情報省はあれやこれやの望ましからぬ点、あるいは時期尚早なり、「正しい狙いに沿わない」と「示唆」する。何ら明らかな禁止があるわけでなく、あれこれを出版してはならないという明確な記述がなくとも、政策は決して侮辱されないのだ。サーカスの犬は、調教師がムチをパシッと鳴らすと跳躍するが、本当に良く訓練された犬というのは、ムチがなくとも宙返りをする。そしてそれが、この国で内戦もなしに300年間一緒に暮らしてきたおかげで、我々が到達した状況なのだ。
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上記は、1944年7月7日付Tribune記事の一部分です。61年前!(拙訳)

1945年2月2日付記事には、「1984」の核心を思わせる言葉があります。60年前!
「世界の現状から考えると、戦争はたぶん永遠に続くことになるだろう」
But after that, by the way the world is actually shaping, it may well be that war will become permanent.

1946年11月22日記事では「ある国の新聞のレベルはその国民のレベルに見合ったものだ」とし、イギリスの新聞の知性と人気について書いています。
英語原文は、George Orwell全集 Smothered Under Journalism 499-500頁によるものです。
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知性(intelligence)というのは、私の意見と合うかどうかではない。本当に重要なことであれば、きちんと重点をおいて、例え退屈なテーマでも真面目に取り上げ、しかるべき少なくとも筋が通る、意味明瞭な施策を主張するかどうかだ。左が知性の順、右が発行部数から見た人気の順だ。最近の数字を持ち合わせていないので、一、二紙、私は順位を間違えているかも知れないが、リストは大きくずれてはいまい。以下がそのリストだ。

知性                人気
1.マンチェスター・ガーディアン 1.エキスプレス
2.タイムズ             2.ヘラルド
3.ニューズ・クロニクル      3.ミラー
4.テレグラフ            4.ニューズ・クロニクル
5.ヘラルド             5.メイル
6.メイル              6.グラフィック
7.ミラー              7.テレグラフ
8.エキスプレス          8.タイムズ
9.グラフィック           9.マンチェスター・ガーディアン

人生などそうしたもので、必ずしも完全にとは言えないものの、人気順リストは、知性順リストをほぼひっくり返したものになっている。仮に私がこれら新聞を完璧に正しい順序で並べていないにしても、基本的な関係は合っている。真実性の上で最も評判の高いマンチェスター・ガーディアンは、それを称讃する人々にすら読まれていない。皆が「余りにつまらない」と文句を言っている。その一方で無数の人々がデイリーを読んでいる。「一言だって信じちゃいないよ」とあけすけにいいながら。
こうした状況の下では、仮にオーナーや広告主による特別な圧力が除かれたとしても、根本的な変化を期待するのは難かしい。問題は、イギリスで我々は、法律上言論の自由を有しているが、本当の意見を恐れずに発言することができるのは、比較的発行部数の少ない新聞上においてだ、ということにある。
この権利を手放さずにおくのは死活にかかわる重要事項である。だが、王立委員会がどのように統制手段を講じても、大発行部数の新聞をましなものにすることは不可能なのだ。世論が積極的に求めるようになれば、真面目で真実性の高い大衆紙が得られよう。それまでの間、ニュースは、仮に経営者によって歪められなくとも、紙一重の差だけしかましでない官僚達によって歪められるだろう。
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(拙訳ですので、正確には下記翻訳書をどうぞ。)

日本の新聞雑誌・テレビについて、オーウエルが指摘した、この発行部数・視聴率と知性が反比例する関係、当てはまるのか否か、政党議席数と知性度に、同じ反比例関係があるのかどうか、考えこみます。特に、一番部数が多い新聞は!

2005年8月以降、日本のジャーナリズムは北朝鮮のネガそのもの。オーウェル世界、20年ほど遅れて到来!

「気の向くままに」 同時代批評 1943-1947
監訳者 小野協一
オーウェル会訳
彩流社刊
1997/10/30 4800円 ISBN4882025221

現代日本マスメディア状況ということでは、例えば「アメリカン・ディストピア」が、アメリカの現実ということでは、同じく新保哲生監訳「粉飾戦争」あるいは映画 Orwell Rolls in His Grave がお勧め?

http://www.sairyuusha.co.jp/
彩流社

http://www.asahi-net.or.jp/~IR4N-KHR/orwell/asiplease.html
より転載